子供のデジタル生活について(2/4)
ここでスマホ依存のリスクについて理解を深めるために、他の種類の依存との比較を用いてその特徴を考察してみます。それに伴い、依存症を一般に定義づけるための専門的な言葉遣いが登場しますが、その際には括弧で補足を加えます。

「スマホへの批判は新しい娯楽に対する一過性のアレルギー反応であって、テレビが登場した時代と同じだ」という人がいます。スマホとテレビの違いは、インタラクションの有無です。テレビは基本的に「ただ見るだけ」の受動的なメディアですが、スマホは画面へのタッチとその反応によってインタラクションが成立します。この相互作用が、依存のリスクを発生させます。なぜなら、私達の脳は特定の行為によって快楽を感じると再び快感を求めて行為を行い、その繰り返しによって行為と快感が互いに結びつきながらその強度を高める働きを持つからです。

あるいはゲームも、社会からの風当たりの中で発展してきた娯楽でした。ゲームは、時代とともに利用の形態が変化したことに注意する必要があります。登場時の据え置き型端末からゲームボーイなどの携帯端末、オンラインゲーム、スマホゲームと変遷してきましたが、これらの歴史は生活時間とゲーム時間の間で、モードの切り替えが消失していく歴史でもありました。例えば据え置き型ゲーム機の時代には、ゲーム機の前に座って電源をつけるという風にはっきりと生活時間からゲーム時間への切り替えがありました。ところがスマホでゲームを行う現在には、メールアプリで仕事の新着メールを確認したついでにそのままゲームアプリを立ち上げることもできてしまい、ゲームとそれ以外の時間の境目が曖昧になりつつあります。この点からスマホの特徴として言えることは、娯楽への入り口が生活や仕事で必要なツールと隣り合わせに位置することになり、常にトリガー(もっと娯楽で遊びたいと思うきっかけ)に囲まれた状態で生活や仕事をする環境を作り出す点です。

また、広く依存症のリスクが認識されている薬物・アルコール・ニコチンなどとスマホ依存を比べてみると、身体依存(依存物質の効果がなくなると不眠・発汗・手のふるえなど身体に反応が起こること)が発生しない点を特徴として挙げられます。したがってスマホ依存のケースでは身体的な破綻を迎える心配よりも、むしろ精神依存(強い衝動に駆られて自分の意思でやめられなくなること)のために、社会的な責務を放棄してしまうことが問題となります。

以上を綜合するとスマホ依存は、楽観的な材料として身体依存は認められないものの、スマホ依存を誘発するトリガーが生活上の必要と強固に結びついているために、強力な精神依存を形成する点が特徴と言えます。結果として、最低限度社会から求められる強い社会的責務について破綻は引き起こさないまでも、自己の裁量で行うことになっている「緩い社会的責務」について完遂ができなくなり、先の応募文章で例示されたような生活上の不全感として自覚されます。